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「横浜隼人高校・中学校」(1) 充実した指導スタッフ

 東京ではサクラも満開を過ぎ、かなり散ってきている。長い冬が終わり、春がやってきた。野球、サッカー、ゴルフなどもはじまり、いよいよスポーツシーズンの到来である。

 卓球の場合は、全天候型で四季にも関係なくいつでも競技ができるという利点があるが、トップ選手にとってはシーズンオフがないというのは難点()かもしれない。ある一定の実力を身につけた選手にとっては、練習することと同じくらい休養することが大事だからだ。

 さて、春の選抜も終わり、選手はこれから夏の大会を目指すことになる。良い成績がでた選手、成果が出たチームもあれば、不本意な結果で終わったチームや選手も多いと思う。

11 春の選抜で注目していた横浜隼人」は、高校は決勝トーナメント1回戦で東京の武蔵野に2−3で惜敗しベスト16に終わった。その武蔵野は3位入賞。昨年12月の関東選抜では武蔵野に勝っているだけに実力的には上位の力はあるとみている。

 中学は大分の明豊に0−3で敗れたがベスト8入りを果たした。

 中学のベスト8は、健闘したといえるだろう。だが、高校のベスト16という成績は悔しさが残ったのではないか。1番のエース対決で中島未早希が岡崎にゲームオール9本で敗れ、ダブルスもゲームオール10本で苦杯をなめた。

 しかしながら、このチームはこれから夏に向けてさらに進化すると感じている。

 横浜隼人は選抜大会の前に紹介したとおり、神奈川で長年にわたり日本の女子高校卓球界に君臨していた白鵬女子が卓球の強化をしなくなったことをきっかけに、新たに強化し始めた学校である。つまり、高校が強化をはじめてからまだ2年しかたっていない。つまりこれから伝統を作る学校なのだ。

 小林秀行氏が横浜隼人に就任して丸3年の月日が流れた。この3年間はその伝統を作るための土台作りといっても過言ではないだろう。いまでこそ専用の練習場があるが、当初は体育館が使えるのが週の半分、半分は教室に2台おいての練習からはじまった。

「まあ、1年目はしんどかったですよ。床はすべるし、狭いからサーブやツッツキ、ショートなどをびっちりやりました。ツッツキだけのゲームとか手を変え品を変えやりましたね」と当時を振り返る。「与えられた環境の中で最大限の努力をするというのが私の心づもりでした。まず、そこでがんばって実績をあげたら学校に次のお願いをするというのが私のやり方です」

 当時、中学3年だった中島、藤田らは、夏の関東大会で優勝し、全国中学校大会で決勝に進出。四天王寺に惜敗し優勝こそ逃したものの全国準優勝を飾った。

「4ヶ月半で変身したんですけど、実際にはそんなに変わるわけがない。もともと素材があったんです。子供たちの勝ちたいという気持ちが爆発しただけであって、私がすごく変えたわけではない。どうやって、子どもたちに勝つ喜びと意欲を持たせ、あとはどうやったらチームとしてまとまるか。しいて言えばそのくらいです。そうやってやったのは子供だけじゃなく、父母会を設立して、私はこういう指導をしますということを理解してもらって、協力してもらいました。なぜなら、自分一人ではできないことは今までの経験からわかりますから、総合力でやらなければと。学校は豊田先生がまとめてくれているし、実績を上げながらお願いをしています。父兄と学校と子供たちと我々指導者、方針は私から言いますけど、子どもに相手をするのは一人では無理なので、私の人脈を使っていろんな外部の人に来てもらっています」

12  小林氏は指導の総合責任者であるが、学校の顧問で豊田先生、岸先生、渡辺先生という指導スタッフがいる。そのほか、外部コーチの数が約20名。小林氏の人脈で練習相手にかけつけてくれる。時には選手よりもコーチの方が多くなることもあるほど充実したスタッフだ。

 この点が今後ますます選手たちが大きく進化を遂げるのではないかという一つの理由である。それだけ多くの人が選手たちの強化に関わるということは、その選手たちに魅力があるということだ。

 横浜隼人の練習を見ていて感じることは「みんな元気がいいな」ということ。それに加え、「本当に卓球が好きなんだな」と思わせるところだ。だからこそ、これだけ多くの人が応援してくれるのだと思う。


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